挙動予測の困難さ


カオスは決定論的な方程式の解なので,初期値を厳密に与えればその後の時間発展は一意的に決まる. しかしながら,もし初期値に少しでもあいまいさがあると,カオスにおいてはそのあいまいさが時間とともに急激に増大する性質があるので, 充分時間がたつと近似的にさえも挙動を予測することができなくなる. このことは,しばしば「カオスの予測困難さ」あるいは「カオスの予測不可能性」と呼ばれる. ただし,カオスであっても短い時間の間は挙動の予測が可能であり,予測可能時間の長さは,初期値のあいまいさの程度, 挙動の予測において要求される精度,初期値のあいまいさの時間的な拡大率,という3つの要素によって決まる. この初期値のあいまいさの時間的な拡大率は,最大リアプノフ数という量によって特徴付けられ, その値はカオスを示す多くの系に対して,実験データから,あるいは数値シミュレーションのデータから計算されている.

例えば,大気の運動や熱,水蒸気量などについての方程式を数値的に解いて,現在の天気のデータから未来の天気を予測しようとする場合を考えてみよう. 現在の天気のデータ(気圧,気温など)は,測定機の誤差,測定点が限られていることなどから,必ずあいまいさを含んでいる. 従って,たとえこの方程式が完全に大気の運動を記述できるものであったとしても,もしこの方程式の解がカオスであれば, ある日数が経過すれば初期データのあいまいさが大きくなってしまって天気予報としては役に立たなくなる. この解に対して,最大リアプノフ数が求まれば,何日先まで予測可能かについての目安が得られるはずであるが, 現在気象庁等で用いられている数値予報モデルのようなぼう大な数の変数についての方程式の解に対して, 最大リアプノフ数を求めるのは計算量の点から困難である.

補足:
初期値が異なれば方程式の解が異なるのは当然であり,カオスでなくても, 少しずれた2つの初期値から出発した解のずれの大きさが時間とともに増大することは起こる. しかし,カオスにおいては,そのずれの大きさの増大が指数関数的であり,大変早く増大する. カオスでない場合は,例えばずれの大きさが時間に比例して増大し,増大のしかたがゆっくりしている. 従って,予測可能時間がカオスのときに比べて大変長くなる.